徒然

読む人に読んでほしいブログ

余韻

 

ティラミスを食べた後は、甘さよりも苦さがまだ私の中にいる。

甘さはすぐに消えて体中に溶けていくのに、苦いものは仄かにしばらくはその場にいる。

 

フォークで端から少しずつ切り分けながら、二層に重ねられたそれを口に運ぶ。皿から口にフォークを近づける時、無糖のココアの粉が音も立たず少し溢れる。

 

この茶色い粉は私の記憶の片鱗かもしれない、するとティラミスそのものは私の記憶そのものだ。

甘い記憶と苦い記憶が重ねられ、一体化している。体に一口入れるとそれらは違和感なく混じり合うのだ、私の記憶で間違いない。

私の記憶だと認識を始めた瞬間から、それまで舐めるようにゆっくりと味わっていたティラミスを両手で口の中へ詰め込み、貪り食べた。口の周りにはクリームとココアがついているけども気にせず口の中へ押し込んだ。

周りの客は私の奇怪な行動を見て、眉を顰めていた。それすらも気にせず、がむしゃらに飲み込んだ。

白と茶色で汚れた口周りを、腕で無造作に拭う。喉にはまだ咀嚼されていないスポンジがいるのが分かる。少し息辛く苦しいが何とか飲み込んで、はーっと息をついた。

とは言ってもほぼ丸飲みをしている状況に近いので、胃に入るまでの動きが感じ取れる。私の記憶が体の中で動かされてこれから分解をされようとしている。

やっと動きが分からなくなった時、私の目から静かに涙が流れた。

私はまだ吟味出来ないんだ、甘さも苦さも全部。

 

席を立ち少し赤くなった目をしたまま会計へと向かう。きっとまだ顔にはクリームが付いているかもしれないけども、この店にはいれなかった。

 

会計を済ませ、自宅へ向かう帰路の途中、私は680円の味を思い出し大きな声を出して泣いた。